岡村靖幸 『靖幸』


靖幸

1989年7月11日発売。
岡村靖幸の3作目のアルバムである。
このアルバムから
岡村靖幸が語られることの特徴として
可能な限り作詞・作曲・編曲を一人で担当している。

またデビュー前から一貫して携わり、
岡村靖幸のイメージ戦略を担当していた
制作ディレクターの小林和之が今作の制作途中で担当を降りている。
岡村靖幸と意見が衝突した結果とされる。
そしてこのアルバムで、
岡村靖幸自身がプロデューサーとなり、
アルバム制作の中身は責任者となった。

オリジナル版(2012年の再発版には書かれていない)
には「全てのプロデュース、アレンジ、作詞、作曲、演奏は岡村靖幸による物です。」と書かれてある。
このクレジット、この言葉はこのアルバムで初めて登場した。
この言葉は次の『家庭教師』『禁じられた生きがい』にも引き継がれることとなる。
僕はこの言葉から岡村靖幸の考えた方が浮かび上がっていると思う。

ディレクターの不在は制作する枠がなくなるということを意味する。
枠がない分、アーティストのやりたいことがより可能になる一方で、
音楽をやるうえで方向性に迷いが生じやすくなることを意味している。
たしかに限りなく自分一人で音楽を制作するという姿勢は、
今作に色濃く反映されていて、その内容が魅力のひとつとなっている。
次回作の『家庭教師』では、さらに上手く機能した結果だと思う。
ただそうした姿勢は、
その後の寡作傾向を生み出した要因になっていったという可能性を否定できない。
岡村靖幸自身がこのアルバムについて語った際に、
このアルバムのタイトルに何故『靖幸』と名付けたのかという問いに、
「どうしてもアルバムのタイトルは「靖幸」としか思い浮かばなかった」
という言葉は、
僕には岡村靖幸がこの時に自身に大きく背負っていたものがあった、
背負ってしまったという事情があるのではないか、と考えることがある。

歌詞の内容は、
前作と打って変ってポジティブに受け止められる内容の唄が多い。
あえて『家庭教師』比べると、アルバム全体として
少し散漫さと過渡期を少し感じるこのアルバムにあって
そこがこのアルバムの特徴で、魅力だと思っている。
よく歌詞を読むと唄の主人公には劣等意識が
それなりに強くあって、
そこに闇を感じることが出来なくはないけれど、
アルバム全体としてはキャリアを通して最も明るい印象となっている。
ギターカッティングのリフが前作、前々作よりは少なめになって、
その分、キーボードの出番が増えたことが
サウンドとして多彩になった印象を持たせている。

前作は陰で今作は光。ジャケットのデザインに沿ったような内容である。
今作はいい意味で堕落的な群青青春劇として楽しめるアルバムとなった。
オリジナル版にはCDの背面に「靖幸」の世界観を端的に表したポエムが書かれている。

全曲作詞・作曲・編曲 岡村靖幸

01.vegetable★★★☆
ロックナンバー。
犬の呼吸音のマネと
「愛犬ル~」の出だしのフレーズが出た後、
ディストーションの効いたギターが印象的。
曲全体はどこか牧歌的で
便利な文明の利器の象徴としてパックのウーロン茶と持ち帰りのジャンクフードが挙げつつ、
手作りのサンドイッチと賛美するエコロジストと
3分間のキスと性的な部分を合わせるセンスに岡村靖幸らしさを感じる。

02.ラブ タンバリン★★★★
ポジティブさを感じさせるさわやかでポップなメロディーの曲。
 歌詞は「心に住んでる修学旅行が育つんだ」という独特の恰好よくないけど愛嬌のある言葉遣い、
「このバラ持ってTVの男達の様に告白タイムを見つけ出したい」という時代性も出している。
告白タイムは
テレビ番組「ねるとん紅鯨団」(放送期間 1987年10月3日 – 1994年12月24日)
のことだろうか。

03.どんなことして欲しいの僕に★★☆
『靖幸』は『家庭教師』に自身のセルフプロデュース作であるということで
しかし、『家庭教師』に比べるとサウンドがややとちらかった感もあって、
そこがどこが手探りで実験的に感じるところがある。
ややアレンジとして
アルバムの
この曲が最たる曲で、サウンドコラージュと同時並行してメロディーを作った感がある。
やや実験感を受けるアルバムであって、最も実験感を受ける曲である。

04.友人のふり★★★★★
青春でストレートに友人以上恋人未満の実らない恋について歌ったものであり、
テーマそのものは「Check Out Love」とかなり似ているといえるが
「Check Out Love」はダンスナンバーだったのに対し、こちらはバラード。
誰でも共感できる王道のJpopフォーマットにのっとている。
岡村靖幸特有のエロティックな世界を加えたことで
傑作になっている。

05.聖書(バイブル)★★★★☆
1988年9月21日にシングルとして発売された。
ただこのアルバムに収録されている曲は、
アルバムバージョンでシングルバージョンとサウンドが大きく違う。
シングルバージョンは清水信之がアレンジを担当している。
両バージョンとも完成度が高く甲乙つけがたいけれど、
個人的にはシングルバージョンの方が好きである。
ただシングルバージョンの音源を入手することはかなりレア。
現在ではyoutubeで聴くしかできない。
どこかで手頃に手に入れることができないだろうか。

『OH! ベスト』(2001年3月28日)ではアルバムバージョンと
同一音源にもかかわらず、編曲が有賀啓雄と共同となり、
このアルバムとクレジットが違う。
個人的には、おそらくベース部分のアレンジは有賀啓雄 が
主に担当したのではないかと考えている。

唄の内容は「35の中年と恋している」高校生か大学生の10代の女性に、
唄の主人公が恋をしていて、求愛している内容。

06.だいすき★★★★
サンプリングした無邪気な子供の声の掛け声から始まるという
岡村靖幸らしさを感じさせる、前曲「聖書(バイブル)」と並ぶ代表曲。
それでいて
岡村靖幸の曲で最も王道のJポップらしく、ポップな唄だと思う。
実際にBメロだけ3度転調してサビでは元のキーに戻る
(他にサザンオールスターズ「TSUNAMI」、松田聖子「赤いスイートピー」がある)

サビのコード進行もよく使われる4度から始まる王道進行という
とまさに王道のヒット曲での定番を律儀に使われている。
始めからヒットシングルを作る目的で作曲されたのかもしれない。
アルバム発売前にシングルとして1988年11月2日に発売された。

歌詞のBメロに「ハネムーンのふりをして 旅に出よう」とある。
ハネムーンではなく、ハネムーンのふりである。
ここに良くも悪くも軽薄な恋愛を感じさせる。

サビの「君が大好きあの海辺より」「君が大好き甘いチョコより」という
見方によっては幼稚に見える言葉がここでは、純情さを出すことに成功している。
さらにサビの「君が大好き」「大好き」というフレーズに子供の声を
重ねることで純真さを引き立たせている。
この演出方法は
後の「マシュマロ ハネムーン feat. Captain Funk」(2001年3月28日)にも生かされている。
(ただ「マシュマロ ハネムーン feat. Captain Funk」は大人の女性コーラス)

この曲はシングルとして発売される前にHONDAのNEW todayのCMソングとして起用された。
ただその時点ではまだ完成しきれていなかったのだろう、
サビのこのコーラスの子供が存在していない。
制作過程を見られたようで面白い。

前述したBメロの歌詞と組み合わせることによって、刹那的な恋をあらわすことに成功している。
さらにAメロの青春映画を意識しているとしか思えない描写を組み合わせて、
ありそうで、けれどどこにもない情景をつくることに成功している。

07.Có mon★★☆
ファンク色が全開のアップテンポ曲、
歌詞は曲調どおりの、性的な歌詞となっている。
約分秒と短い曲、次の曲とつながっている。

08.Boys★★☆
当時の岡村靖幸の社会的な考えが端的に表している曲。
また1989年当時のもうすでにインフラが整りきった便利な日本社会で、
どう生きればいいのだろうかと
「急にバン!なんて撃たれない」のバンを
アレンジの打ち込みリズム、
しかもバンと合わせて面白い音色を選んだ部分にこだわりを感じる。
声をサンプリングしてリズムを作ることで
80年代の消費社会を端的にあらわすような
エンディングの語りが時代の空気を切り取ったようで面白い。

09.愛してくれない★★☆
『家庭教師』の「祈り」に似たテイストを感じさせる。
「祈り」にもそういった部分があるけれど、メロディーがやっつけ感がある。
ただ「祈り」よりも無理やり出来た感があり、
「祈り」のプロトタイプのように見えてしまう。
サックスと合わせて、声(スキャット)と合わさった
エンディングが聴きどころ。

10.Punch↗★★☆
イントロの語りの「天才かもしれないけれど」と
他人(金山一彦、岡村靖幸主演の映画『Peach どんなことしてほしいのぼくに』(1989)の友人役)
に言わせる部分がある。
ここに僕は岡村靖幸の承認欲求を感じさせた。
実際この後、多くの人に「天才」と呼ばれることになるため、
ある意味、そう思われることには上手くいったのかもしれない。
このアルバムを聴き返して、
この言葉を聞いたとき、
僕にはこの後、寡作になったこと
それでも今でも残っている作品群について考えされた。

アウトロにある
「結婚して」の「タンゴ!」という掛け声で
ハーモニウムでタンゴ演奏が出てくる部分が楽しい。

11.バスケットボール★★★☆
ミドルテンポのラストナンバー。
小さい作品だが、青春の漠然とした悩みをうまく表していると思う。

アルバム一通り聴いたときグッとくる。
よって単独だと評価は大きく変わると思う。

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