ジャニス・ジョプリン『チープスリル』


Cheap Thrills

1968年8月12日発売。
現在では
ジャニス・ジョプリンの公式スタジオ・アルバムとしては
2枚目に当たるものとして、発売されている。
正確にはビッグ・ブラザー・アンド・ザ・ホールディング・カンパニーの2ndアルバムである。
ジャニス・ジョプリンは当時、このバンドのボーカルだった。

このアルバムが発売される前の1967年
モントレー・ポップ・フェスティバルで
ビッグ・ブラザー・アンド・ザ・ホールディング・カンパニーは
6月17日と6月18日に出演して、大きく注目を集めることになる。
この出演のパフォーマンスがきっかけで
当時の大手レコード会社、CBSレコードと契約を果たすことになる。

ジャケットにはフィルモアでライブレコーディングしたと書かれていて
(「LIVE MATERIAL RECORDED AT BILL GRAHAM’S FILLMORE AUDITORIUM」)、
演奏前後に歓声や観客のノイズが挟まれるといったライブ盤のふりをしているけれど、
実際はライブ盤ではなく、
スタジオで録音されたものが大部分である。
7曲中6曲がスタジオ・レコーディング、1曲のみ1968年4月13日のライブによるものである。

このアルバムの制作のプロデューサーはジョン・サイモンによるもの。
ジョン・サイモンはサイモン&ガーファンクル、
ザ・バンドのプロデューサーとして知られていて
このアルバムの制作直前にザ・バンド『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』の
プロデューサーを任されていた。

ジョン・サイモンは
ビッグ・ブラザー・アンド・ザ・ホールディング・カンパニーの新しいアルバムを
制作するに当たって、ライブ感を前面に出すことを念頭においた。
始めは
1968年3月1日と2日にライブレコーディングを試みたけれど、失敗したようだ。
https://rollingstonejapan.com/articles/detail/28910/2/1/1
実際に後に、彼女のライブ音源がいくつか発掘され発売された
2019年現在でも、
この時の音源がまとめられた形で公表されていない所から見ると
ライブ音源として、特に音質面として
相当に、
現代の技術を駆使しても修正できないくらいに致命的に録音に失敗したのではないかと
僕は推測することがある。
ただアルバムにあるボーナストラックとして録音されたライブ音源を聴く限りだと、
ライブ・アルバムとして発表できる音質だと個人的に思える。
今後、何らかの形でまとまって発表されることがあるのだろうか、どうなのか、
後の動向に期待をしたい。

ライブ・レコーディングが上手くいかなかったことを受けて、
次の手段として、
スタジオでレコーディングした音源に歓声やその他ノイズをいれ
ライブアルバムとして発売することを考えることになる。
スタジオでのレコーディングは1968年3月~7月にかけて行われた。
それでも、ライブにおける勢いや生々しさをアルバムに求めて、
実際のライブをレコーディングすることを捨てきれなかったようで、
このアルバムのためにスタジオでのレコーディングしていた最中の1968年4月12、13日にも
再びライブをレコーディングすることを試みている。
ただこの音源でも不満があったようで
この時の音源は
アルバム7曲目「ボールとチェーン」として1曲のみ採用されることにとどまっている。
後にこの4月のライブ音源は約36年後の2004年08月04に
『ジャニス・ジョプリン/ライヴ・アット・ウィンターランド’68』
として発売され日の目を見ることになる。
このアルバムについては別の項で詳しく述べたいと思うけれど、
そのアルバム音源を聴く限りでは、音質、演奏面には少なくても問題ないと思われ、
この音源をライブ・アルバムを1968年当時に発売しても良かったのではないかと
僕は考える。
ただそれでもこのライブ音源の大半を採用せず、
スタジオでレコーディングされた音源を
ライブ感出すことにこだわっていたという話は、
出来るだけアルバムのクオリティーを高めた状態で発売したいという
ジョン・サイモンの完璧主義を伺える。
実際に『ジャニス・ジョプリン/ライヴ・アット・ウィンターランド’68』の音源と
このアルバムに収録されている同じ曲とを比較して聴くと、
主に音質面で、このアルバムに採用されたテイクに軍配が上がると思う。

内容として聴いて感じることとしては
後のジャニス・ジョプリン名義として発売される『コズミック・ブルースを歌う』(1969年)、
『パール』(1971年)と比べると、
バンド演奏に粗さがあるということが挙げられる。
個人的には『コズミック・ブルースを歌う』における
コズミック・ブルース・バンドの堅実な演奏で
ジャニス・ジョプリンの歌唱の
素晴らしさを感じるようになった時に
このアルバムにある演奏の粗さを
感じ聴いていて気になることがある。

けれど僕が初めてこのアルバムを
手にして聴いた大学時代の10代、20代前半の頃には
アルバムにおける演奏に不満を感じることはなかった。
当時の僕の耳には、演奏の勢いに重きを置いていたのかもしれない。
ジャニス・ジョプリンとしてだけでなく、
ビッグ・ブラザー・アンド・ザ・ホールディング・カンパニーというバンドとして
ただ勢いの感じられるバンドとして楽しんでいたからだと思う。
それは僕自身の若さによることが大きいのかもしれない。
勢いのあるバンドとしての視点でこのアルバムを聴くと、
この演奏も味に感じられる。

ここからは、少し個人的な長い思い出話。
僕がこのアルバムを手にした動機は、
ロック名盤の本の一覧なかで、
アルバムのジャケットのデザインに気に入ったからだった。
このジャケットにあるアメコミの、明るく、ポップで、開放感のある
ロバート・クラムによるイラストが気に入って、手にした。
ジャニス・ジョプリンについては
彼女が歌っている数枚の写真を見たことと、
多くの60年代に活躍したロックミュージシャンで夭折した一人として知っているだけで
事前に情報を手にしていなかった。

そうしてしばらく少しこのアルバム聴いた後、
ファンク、ソウル系の音楽をやっていた大学サークルの人に貸すことにした。
特に意図はなく、なんとなく気に入ってくれるだろうと。
そしてその貸したアルバムは、結局は帰ってくることなく
いわゆる借りパクされる運命となる。
同時期にその人には、
他にビートルズの『ハード・デイズ・ナイト』『マジカル・ミステリー・ツアー』、
尾崎豊『約束の日 Vol.2』を貸していたけれど、
それらはあまり気に入っていなかったようで、
借りた後、割とすぐに帰ってきた。
帰ってこなかったのはこのアルバムだけだった。
今、振り返ってみると、
その人にとって
このアルバム、あるいはジャニス・ジョプリンに、
どこか心に触れるものがあったのだろうか、
と今にして思うことがある。

今僕が手元にあるのは2代目のアルバムで聴いて、
まだ気づけていない
その惹きつけた理由がまだまだあるのかもしれない。
今にしてはその人にこのアルバムの感想やジャニス・ジョプリンについて
話を聞いてみたいなと少し感じている。

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