尾崎豊 『十七歳の地図』


十七歳の地図

1983年12月1日発売。
尾崎豊の1stアルバムである。
発売当時、
1965年11月29日生まれの尾崎豊は
18歳になったばかりで
レコーディングは
高校を無期限の停学している中で行われていた。
翌1984年1月25日に高校を退学している。

そうしたデビュー前後のエピソードから、
高校中退の出身ミュージシャンであると語られることが多く
「10代の教祖」「10代の代弁者」と
いった尾崎豊のキャラクターが一人歩きしている感が強いけれど、
個人的には音楽を中心に語りたいと考えている。

とはいえ、このアルバムには
尾崎豊のステレオタイプになりえる曲が大部分で、
主に学校を中心とした反社会的な歌詞の内容が特徴的で、
前述の経歴がリアリティーとしてあることはある。

それにしても
高校で問題を起こし、無期限停学の中で
しかもそれを題材にしたような、
社会に反抗したこと歌詞が内容のアルバムが
日本で最も大手のレコード会社で発売されたことが、
なんとも日本的だと感じた。
けれどまだコンプライアンスを代表とした閉塞感が
まだなかったおおらかさがある、
80年の空気だからこそ可能にしたのだろうか。

社会に疑問や反抗的な歌詞の内容があるものの、
それでもどこかのどかなさを感じられる。
そうした空気感もこのアルバムを聴く魅力であると僕は感じる。
なお、このアルバムのレコーディング背景は
プロデューサーの須藤晃が覚書としてメモしていたことにより
『地球音楽ライブラリー 尾崎豊』である程度分かる。
少年が後先考えずにひたむきに音楽をやった。
そんな光景が思い浮かべるアルバムである。

全作詞・作曲: 尾崎豊

1.街の風景★★★
尾崎豊が生まれてはじめて作った曲で、
原点の扱いとしてアルバムの冒頭に
置かれたのかもしれない。

初々しさを残しているからだろうか。
メロディーの展開に突起が少なく、素朴で、
自分語りに終始している。

この曲は実はもうAメロ部分がもうひとつあったのだけれど、
冗長だとしてこのオリジナル・スタジオのバージョンだと
カットされている。
ライブでは歌われていて、
興味のある人は
この曲のライブ・バージョンで削除された部分が聴ける。
プロデューサーの須藤晃は尾崎豊の言葉の表現としての
ナルシストな部分を嫌っていた。
そうした理由から、冗長だった理由もかねて
ある意味、ややナルシスト気味に感じられる箇所を
須藤晃の判断で削除されたのではと僕は考えている。

2.はじまりさえ歌えない★★★★
高校であくせくしている内容で、
出てくる言葉の風景が生々しく
「君のために死ねるさ きっと」という言葉が
ここまで本気で言えてしまう、
そして説得力が出ているところがこの曲の水準の高さが心に入る。

3.I LOVE YOU★★★★
代表曲で恐らく尾崎豊の楽曲で最も有名な曲。
ピアノの表現力があり、
垢ぬけていないサウンドであるこのアルバムにあって、
最もそうした欠点が出ていない曲である。
西本明が奏でるイントロが印象的で、
また西本明が担当した尾崎豊の曲で
最もアレンジの完成度が高いと思う。
『地球音楽ライブラリー 尾崎豊』に書かれている
須藤晃によれば
この曲は、レコーディング当初
まだ作られておらず、急遽作られた曲であるらしいという。
確かにそうした話に納得させるような
あまり苦労して作った跡を感じさせないメロディーだと思う。
もしこのエピソードが本当だとしたら、
あまり悩まず作ったことが結果的に功を制した。
音楽でそういう話はよくある。特にメロディーに多い。

歌詞の内容も良くも悪くも
歌詞の主人公が年齢を特定している内容が並ぶことが
多いアルバムの楽曲の中で
最も年齢を限定させていないことも
普遍性のある曲になりえたのだと思う。
(歌詞の一節の
「若すぎる二人には触れられぬ秘密がある」
も受け手次第でいかようにも解釈できる。)

4.ハイスクールRock’n’Roll★★★☆
アウトロに
ハウンド・ドックの大友康平がコーラスに参加。
大友康平と
尾崎豊の青々しいひたむきな声の掛け合いが魅力。

歌詞はストレートな高校生活、学校に対する反抗。
しかしこの描写が2018年現在であっても、
あまり古くなっていないことは
既に尾崎豊に対する抵抗は
すでにインフラが整備しきった世界の秩序の窮屈さなのかもしれないと感じた。
高校という物語があったからこそ、ある程度絵になりえた。
後に尾崎豊が年を取り、
年齢的にも高校生からはずれるにつれて、
歌詞に迷いが生まれているのは、
そうしたことが原因のひとつなのだろう。

5.15の夜★★★
有名なサビのフレーズの曲であるけれど、
その後に
「自由になれた気がした」をプロデューサーの須藤晃を賞賛している。
たしかにそこにリアリティーを感じる。

6.十七歳の地図★★★
ずいぶんと泥臭いサウンドである。
あえて類似性をあげると
ブルース・スプリングス「明日なき暴走」のなのだと思う。
ここで聴かれる
ブルース・スプリングスとは対照的な大変青々しい尾崎豊の声が
いい意味で可愛げさを感じさせる。
そのことが重くなりがちな内容の楽曲をいい意味で軽くしている。

7.愛の消えた街★★★
ある意味音程を外している曲。
2番Aメロが特に食い気味に走った歌唱が
それでも十分聴かせられるということに尾崎豊の声質の素晴らしさを感じられる。

8.OH MY LITTLE GIRL★★★★
王道のJpopのバラードとしてなりえる曲。
実際にそのように扱われ、受け入れられる。

死後、1994年に『この世の果て』(1月10日 – 3月28日)というテレビドラマ
の主題歌となりシングルとして発売される。
最終的に売り上げがミリオンとなる人気となり、
大ヒットする。
1990年代は
テレビドラマの影響力が大変強い時代、
ドラマ主題歌になることは、よほどひどい曲でなければ、
それなり売れることになる。
しかもこのドラマはその象徴的な類とされる、
月曜日9時のフジテレビ系ドラマ、いわゆる月9である。
その状況下でこの曲が流れる。

この曲そのものとは別に
「I LOVE YOU」もそうだけれども、
この曲がなぜアルバム発売当時、
シングルとして発売されなかったのか、
そこに尾崎豊に対する売り出し方の面白さが隠れていると思う。

9.傷つけた人々へ★★★★★
曲のテーマそのものが珍しい。
唄の主人公の歌詞が加害者側であること自体が珍しく、
しかもその少ない唄の中で、あるとしたら、
基本的にその歌い手が向ける対象は、
基本的に恋人や親に対してであって、
それ以外の人に向けた作品を僕は知らない。
あるとしても大変珍しいだろう。
「15の夜」や後に発表される「卒業」といった猟奇的な歌詞
ばかリ、尾崎豊の歌詞に注目されがちだけれど、
特異な歌である。

メロディは大変ポップで、
何故このメロディに前述した内容の歌詞が乗っかるのか、
考えることがある。
テーマそのものが重いから、
ポップなメロディであろうとしたのか。
あまりにポップなメロディである意味「ふつう」と感じたから、
変わったテーマにしたのか。
不思議に感じる。
ポップなメロディと真摯的な歌詞が心に入ってくる。

10.僕が僕であるために★★★★☆
「僕が僕であるために 勝ち続けなければいけない」
過酷な生き方を唄っていると思う。

勝ち負けには必ず戦いや争いがあるということを意味していて、
もともと自発的に肯定される
という意味である「自分らしくあっていい」という言葉とは趣が違う。
まだ自分らしさを周囲に肯定されていないか、
けして認められているわけではないと本人が思っているという意味にもなる。

そのことを考えると
尾崎豊は自分らしさを認められていないと思っていたのかもしれない。
よくよく突き詰めると、とても重いテーマだけれど、
聴いている分にはそこまで深刻に見えないのは、
楽曲のさわやかなメロディーによるところが大きい。
そこが結果的にバランスの取れた楽曲になっていると考えられる。

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