スガシカオ 『4Flusher』

2000年10月25日発売。
スガシカオの4枚目のオリジナルアルバム
もともと前作『Sweet』を制作した後、
順調に作曲していたスガシカオが上手くいかなくなる。

もともとデビュー時に曲のストックがあまりなく、
自転車操業状態で曲を作り、録音するという方法で
アルバムを制作しただけに、曲が上手くできないのでは
新しくアルバムは発売できないことになる。

スガシカオ本人は少し休んで制作するつもりであったが、
そうした事態を当時のディレクターを楽観視したのだろうか、
レコード会社側にはまったく伝えず、
アルバム発売日が確定されるという事態が起きてしまう。

そのために様々なイベントをこなしながら、
制作の期限1か月で
アルバム残りの半分(おそらく5曲)の
急遽アルバム用の曲を作り、
録音を並行して、無理やり制作された。

前作と引き続きスガシカオ自身がプロデュース、
Co-sound produceに森俊之、中村文俊の二人がクレジットされている。
中村文俊が前作と引き続き、
全曲レコーディング、ミックス、マスタリングを担当している。

アルバムの録音で
無理やり制作することになったため
スケジュールの都合で開けられるスタジオを使ったためか
レコーディングしたスタジオの数は
クローバー商会(スガシカオのプライベートスタジオ)含めて
7カ所と増えている。
それとは別により充実した録音環境にするために
よりメジャーのレコーディングの環境に近づいたのか。

そうした事情があってか
アルバム全体的にラフさを感じられる作りになっている。
僕は初めてこのアルバムを聴いた時に、
そういう事情を知らずに
随分ラフで無理やり作った感の曲がいくつかあるなと思ったけれど、
制作事情がそのままアルバムの世界観に反映されていることになっている。

アルバムのタイトル「4Flusher」とは
イカサマの人という意味でつけられている。
フラッシュはトランプのポーカーで
マーク(スペード、クラブ、ダイヤ、ハート)が5枚揃うという
意味で、
それを4枚でフラッシュしようというのはインチキでしかない。
4枚目のアルバムと引っ掛けているのだけれど、
皮肉か、狙ったのかその通りのアルバムになった。

1.かわりになってよ
基本スガシカオ自身がすべて作りこんで、
後で生ドラムを追加するという形になっている。
ラフさを感じながら
演奏の生々しさが魅力になっている。
エレピ、エレキギターのオブリガードが
心地よい。

2.性的敗北
メドレーの前曲とつながっているようになっている。
ただクレジット見る限り、オルガン以外はすべて
演奏していると見られる。
曲も前曲に比べスローになり、
前曲のオブリガードの演奏はなくなり、
サウンドがおとなしくなっていてクールダウンのようになっている。

3.ミートソース
3曲続けてジャムセッションで作ったような曲が続く。
ただこの曲の演奏は基本バンド編成になっていて、
前の2曲と性質が違う。

4.AFFAIR
メジャーデビュー前からある昔から温めていた曲で、
当時のオフィスオーガスタの社長、森川欣信が
この曲のデモテープを聴いたこときっかけに
スガシカオは
事務所であるオフィスオーガスタに所属するようになり、
メジャーデビューを果たすことにつながることになる。

メジャーで発売するために
完成バージョンは
カーティス・メイフィールドのリズムを意識したらしく、
そのイメージから何度も録音に挑戦していたけれど、
上手くいかなかったらしい。
ライブのツアーで
「Shikao & The Family Sugar」
というバンドとして場数を踏まえることで、
バンドのメンバーとの息が合って、
ようやくその感覚を手に入れることができたという。

ただ僕はデモバージョンも
個人的にかなり気に入っている。
デモにあったシンセブラスのチープなカッコよさと
曲全体に感じさせるデモにあるダークさはこの完成バージョンにはない。
むしろ全体的な魅力は完成バージョンよりもいいのではと思うことがある。
そういう意味で
魅力的なデモから完成バージョンとして
まとめて制作するということは、
なかなか難しいことだと、
この曲を聴く度に、僕は実感する。

その代わり、デモにはなかった
イントロと間奏のキャッチーな鍵盤ハーモニカの演奏が魅力で、
そういう意味でもハーモニカ演奏者の森俊之の貢献が大きい。

5.波光
前述したとおり制作に時間がない中、
イベントに参加する移動の
新幹線の途中に突然浮かび、
作りあがったというエピソードがある。

弾き語りが合う曲で
系統でいえば1st『Clover』の「月とナイフ」、
2nd『FAMILY』の「Happy Birthday」、
3rd『Sweet』の「ふたりのかげ」に位置する曲だと思われる。

スガシカオのアルバムでは重ねるごとに
サウンドの情報を増やす、つまり音数を増やすということが、
傾向としてある。
この曲はストリングを使用しているという意味で
弾き語りを軸にしたこの曲でもそうしたことが当てはまっている。

6.ドキュメント2000〜the sweetest day of my life〜
こちらも急遽作った曲の一つではないかと思わせる、
この時期のアルバムに一つあるコミックソング風の曲。
『Clover』に収録された「ドキュメント’97」に続き
「ドキュメント」とついたタイトルで、
この他にも
「ドキュメント’97 」(『Clover』収録)
「ドキュメント2010 ~Singer VS. Rapper~」(『FUNKASTiC』収録)、
「ドキュメント2019 feat.Mummy-D」(『労働なんかしないで 光合成だけで生きたい』収録)
とあり、
数年置きに「ドキュメント」と名付けられた曲を発表しシリーズ化することになる。

内容は結婚で歌うことを求められていて、
本人は乗り気でなく困っているといったもので
ミュージシャンとして順調に活動している自身が投影されている。

名うてセッションベーシスト松原秀樹がこの曲で参加している。

7.SPIRIT
ゴスペル風の曲で、
2000年8月2日9thシングルとしては発売される。

スガシカオがデビュー前後にプロモーションで音楽業界内で配っていた
『DEMOTRACKS』というサンプルCDがある。
そこには6曲収録されていて、
「ヒットチャートをかけぬけろ」「愛について」
「ぼくたちの日々」「Sweet Baby」「Affair」があるけれど、
そのうち一つに「Soul Spirits」という曲があって、
これが「SPIRIT」の原曲デモではないかと個人的には考えている。
ただ残念ながらDEMOTRACKS』の音源を聴いたことがないので、確認できていない。
とても聴きたい。

仮に「SPIRIT」のデモであるとしたら、
今作は「AFFAIR」と並び大切に温めていた曲を収録したとなる。
そういう意味で「AFFAIR」「SPIRIT」という強力な2曲が軸にあり、
それ以外にラフに作った曲が並ぶというこのアルバムの性質が浮かび上がる。

この曲のゴスペル風のコーラスはすべてスガシカオ自身という
ミュージシャンとしての底力を感じる。

8.そろそろいかなくちゃ
サラリーマンの日常の光景が
絵のように生々しく伝わる内容で、
それを踏まえた投げやりになっている心理描写、
そのリアリティーが魅力的な歌詞になっている。
この曲も「波光」と並び、直前まで歌詞ができあがらなかった。

9.たとえば朝のバス停で
投げやりであった前曲からその主人公そのままで、
励ましされたような世界観になる。
闇から微かな光が照らされたような繋がりがうまくアルバムを並べていると思わせる。

10.青白い男
簡素なメロディー、不思議な歌詞の内容で
アルバム収録の中で「AFFAIR」「SPIRIT」と並び、
真っ先にレコーディングした曲だから、
こちらもラフ感を感じる曲。

偏狭な男がいつまでも、家の前にいて、
その男の光景がありありと浮かぶ
というスガシカオしか、
表現できないだけに
スガ自身捨てることがもったいないと思ったのだろう。
あらかじめ温めていた曲だったのかもしれない。

ただばらけた曲がアルバムの終盤、
唐突に収録しているだけに、
アルバム感としてばらけた印象を持たせている。
そういう意味でこのアルバムを象徴するような曲になっている。

僕はこの曲を収録しないで
「たとえば朝のバス停で」の次に
「木曜日、見舞いにいく」で終わらせれば、
流れとしてよく、
アルバムとしてまとまりを感じさせるのにと思っている。
ただスガシカオとしては
まとまりよりも、
アルバム全体に何かしらカオスな要素を表現したかったのかもしれない。

11.木曜日、見舞いにいく
ミディアムなレゲエがリズムで
シングル『SPIRIT』のカップリング曲。
スガシカオがカップリング曲をアルバムに収録することは珍しく、
ミキシングが違うけれど、
アレンジのバージョンが同じで、
メジャー1stシングル『ヒットチャートをかけぬけろ』(1997年2月26日発売)
に収録されている「サービス・クーポン」以来。

理由としては、
スガシカオ自身がトーキンロックのインタビューにて
「SPIRIT」「木曜日、見舞いにいく」で2つの世界観だから
どちらか一つをはずすことができなかったとの旨を語っていたけれど
個人的にはそれ以外に
「サービス・クーポン」と同様にスガシカオ自身が
この曲に自信があったからだと考えられる。

この曲に対する自己評価が高く、
ベストアルバム『ALL SINGLES BEST』のセルフライナーにて
作詞で自身の最高傑作で
『SPIRIT』はこの曲を世の中に出すために「SPIRIT」を
レコーディングしたと書かれている。

私小説風の歌詞が内容で、
確かに奥行きの深さは感じ
いくら何でも
僕はスガシカオの歌詞で最高傑作だと思わないけれど、
死や失うことを向き合うことができない臆病さと
その心情を抱えながら目にする風景が
素晴らしく描かれている。

メロディーも繊細さを感じさせていて、
それはこのアルバムに収録されているバラード「波光」以上。
この曲を聴き終わったら、
一度音楽を聴くのをやめて余韻を感じたいと思うだけに
アルバムの締めくくりにふさわしい曲だと思わせる。

コメント

  1. 1986 より:

    19のレビューからたどり着きました。
    どの考察も素晴らしく、発見もあり楽しく読ませてもらいました。
    改めて曲を聴くことで、背景が鮮明になり、より感慨深いものを感じることができます。
    素敵なブログありがとうございます。

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