吉田拓郎 『伽草子』


伽草子

1973年6月1日発売。
前作のスタジオ・アルバム『元気です。』
(1972年7月21日発売)が
オリコン・アルバムチャートで14週連続1位を記録と
吉田拓郎のキャリアの中でも最も勢いがある中でアルバムが制作された。

けれど、このアルバム制作した直後、発売直前に
女子大生を暴行した疑いで留置場された
「金沢事件」ということが起きる。
最終的には女子大生の狂言として不起訴処分になっている。
ただこのことでアルバムの売り上げに響いたことは事実で、
またこの約2年後に大手レコード会社のCBS・ソニーから離れて
自身のレコード会社フォーライフの設立することとなった、
ひとつの要因だったのかもしれない。

内容は前作のスタジオ・アルバム『元気です。』に比べ、
翳りと繊細さを見せている。

作詞:岡本おさみ 作曲:吉田拓郎
except 6作詞・作曲:伊庭啓子
   2作詞:白石ありす 
   4、5作詞:吉田拓郎

1.からっ風のブルース
タイトル通りのブルースナンバーで
吉田拓郎は全編通してがなり声で歌っている。
もしかしたら黒人色を出そうとして、
がなり声で歌っているのだろうか。
ただ僕には歌謡色の強いファンクナンバーに聴こえる。

イントロから
女性のよがったような声がし、
その後、その声は叫び声になる。
おそらく歌詞の内容に沿って、
男性である唄の主人公の女性に
対する駆け引きの葛藤を表しているのだろう。
これを僕は聴き始めた当初、
次の曲「伽草子」に出てくる「魔法使い」の奇声声だと思っていた。
アルバムを聴く前に歌詞カードを見てコンセプトを意識していたことと、
それぐらい僕自身「伽草子」を気に入っていたことがあるのかもしれない。

2.伽草子
アルバムの表題曲で
歌詞カードにも
この曲の歌詞の内容に沿ったイラストが描かれていることから
このアルバムの世界観の顔となっている曲なのだろう。
アルバム発売後の1973年6月21日にシングルとしてカットされた。

イントロのエレピが美しく印象的。
この曲は僕としても相当好きな曲で、
童謡を感じる美しいメロディー、
「伽草子」というタイトルどおりの
いい意味で現実感のない幻想的で、
しかしメッセージ性のある歌詞が気に入って、
僕は白石ありすが書いた歌詞が
他にあるのかどうか、探したことある。
歌詞もこの曲以外には吉田拓郎では「素敵なのは夜」
(『ローリング30』、1978年11月21日)、
他のミュージシャンには井上陽水、小室等に書いているけれど
あまり書かれていないようである。
『ベルウッドの軌跡』によると、
あるキャンペーンで歌詞を「森が呼んでいる」
というテーマで募集していたところ、
審査員の小室等に目を付けられ、
上條恒彦「森がよんでいる」
(『街が海に沈むとき』に収録、1972発売)で
作詞デビューしたようだ。

そのつながりで吉田拓郎とも仕事をしたのだろう。
ただそれ以上、
白石ありすについて詳しい情報があまり分からず、
今も何者なのかよく分からない。
情報が不確かであるけれど、白石ありすはまず歌詞があって、
そこからアーティストがメロディーを当てはめてていたという話がある。
確かにこの曲も歌詞が先にあったようで、
1番、2番、3番の言葉数が違う。
そうしたことを違和感なく
聴かせる吉田拓郎のメロディーのセンスは大きいと思う。
それでも、
僕は白石ありすの歌詞をもっと読みたいと今でも思っている。

3.蒼い夏
リリカルさを感じるフォークで
さわやかな夏のある日を、個人の日記を綴ったような歌詞が印象的。
吉田拓郎自身が書いた歌詞ではないけれど
「きみは夏みかん 剥きながら 早く子供がほしいなぁ わざと言って溜息ひとつ」
という一節が結婚したばかりの吉田拓郎のドキュメンタリーのようだ。
この歌詞を書いた岡本おさみは
吉田拓郎に渡した創作ノートの言葉から
メロディーを紡いでいったという話があるだけに、
ここの部分を意識して、吉田拓郎が選んだように僕は思うことがある。

4.風邪
憂鬱な気分を
気だるいメロディー、サウンドに乗せて
「これも風邪のせいならいいんだけどさ」と歌う。

エレピの音色が倦怠感、空虚感を表現する一方で、
エレピとアコースティックギターのオブリガードによる
細かいリズムを作り刺激を生むことで
この曲のメロディーの
ややすると単調になりがちで間延び気味からの
退屈さを回避することに成功している。
前曲「蒼い夏」も
そういったメロディーとサウンドの関係ではあったけれど、
この曲はさらに意識的だ。
気だるさがテーマになっている曲であるけれど、
実際は熱い演奏が行われている。

5.長い雨の後に
始めは歌ではなくモノローグ(語り)から始まり、
ナルシズム、マッチョな言葉で愛する人に伝える。
その後、ピアノの弾き語りのような形で
がなり声で歌う。
傷だらけの心と辛く過ごす日々を「長い雨」に例えているのだろう。

ここまで
アルバムの流れで歌詞を見ると、
全体的に歌詞の主人公が疲れを感じる内容が多い。
特に吉田拓郎自身が書いた前曲「風邪」と
この曲にその意味合いが強い。
シングル『結婚しようよ』から始まっている吉田拓郎
のブレイクが反映されているのかもしれない。

6.春の風が吹いていたら
当時吉田拓郎の妻であった四角佳子とデュエットした曲。

作詞・作曲は伊庭啓子によるもの。
伊庭啓子は吉田拓郎のデビュー前からの
広島フォーク村というフォーク音楽の活動するサークルの仲間であった。
伊庭啓子は以前に吉田拓郎『人間なんて』(1971年11月20日)に
収録されていた「ある雨の日の情景」の歌詞を書いていた。
童謡のようなメロディー、
情報は不確かだけれど元々は伊庭啓子の持ち曲だったという話がある。
伊庭啓子自身の情報もまた乏しく、
作品もこの曲と前述した「ある雨の日の情景」の2曲のみ、もう少し作品を聴きたい。

最初は四角佳子が歌い、吉田拓郎、四角佳子、
最後に二人がデュエットしている。
四角佳子の歌の上手さに聴きこまれるけれど、
吉田拓郎がここまで歌い方で
優しいニュアンスを出すことは珍しく、注目だと思う。
前曲の「長い雨の後に」晴れた場面を示しているようだ。
ギターのオブリガードが印象的で童謡とさせない効果を出している。

7.暑中見舞い
アコースティックギター中心のさわやかなサウンドと
ポップなメロディーに
枯れた吉田拓郎の声が心地よい。
歌詞はワークホリック気味の自分と社会について
少し言及して、今は少し休んでいるといった内容。

8.ビートルズが教えてくれた
歌詞が印象的な曲で
僕が確か大学の頃、卒業したての頃に
東京新聞にこの歌詞が掲載されていたことを覚えている。
ただ歌詞の内容を強調したかったからなのだろうか、
メロディーはあまりさえていないと思う。
僕にはメロディーに仰々しさとあざとさを感じる。

9.制服
集団就職で地方から東京に上京した女性についてがテーマ。
そこからこれから彼女に起きるだろう
人間(主に男性)の欲望、社会の中で働いて生きるつらさを
思い描いて
歌い手はそこでその集団就職の女性の中でキレイな女性を見て、
思い出して大阪へ行く。
女性に対して哀れさを感じながら、しかし最後の一節で
歌い手も欲望的という
内容自体に深みを感じさせる歌詞。

ハーモニカとアコースティックギターの弾き語りの
トーキングブルースタイプの唄。
吉田拓郎が力強く弾き語った表現が魅力的な曲。

10.話してはいけない
歌詞としては
男が不倫で情事した後の話のようだ。
単調でややポップ、コメディソングのようなメロディー
歌詞の内容に対してメロディーとサウンドで情感はなくしている。
繊細さと情念を多く入れないことに吉田拓郎らしさを感じる。

11.夕立ち
明るいポップソングだけれど、
歌謡曲ぽい
歌詞は、夏の喫茶店で
女性にプロポーズしようと
それでもなかなか勇気の出ない男性の話。
小説の場面を切り取ったような描写が
歌詞を読んで心地よい。

12.新しい朝(あした)
イントロから明るいソウルナンバーを予想するけれども、
前半、歌謡曲のメロディーが強い、マーチなのは
後半は歌謡曲全開で取っ散らかった歌である。

歌詞の内容は
二人でこれから頑張ろうといった内容で
このアルバムに収録されている
「長い雨の後に」に曲調は違うけれど、内容は近い。
別れの唄はない。

アルバム全体として見ると、
次のスタジオ・アルバム『今はまだ人生を語らず』
では女との別れ、あるいはそれを匂わす内容が多いため
そのことが世界観の大きく違うところなのだと思う。

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