岡村靖幸 『禁じられた生きがい』


禁じられた生きがい

1995年12月13日発売。
『家庭教師』(1990年11月16日)発売後、
約5年と期間が空いての発売である。
『家庭教師』まで毎年アルバムを発売していただけに、
突然の寡作となった。
岡村靖幸はこれ以降、さらに寡作傾向になり、
次のオリジナルアルバムは『Me-imi』(2004年9月1日発売)まで
実9年の時間を費やすことになる。

活動も停滞というよりかは、混乱気味になり、
最終的には3度目の逮捕で2000年代の約半分、
塀の中で過ごさなければいけなくなる事態になる。
このアルバムも
歌詞カードにてレコーディングスタジオが
実に14箇所がクレジットされており、
アルバムを制作するにあたって
紆余曲折を経て、ようやく完成したことが伺える。

アルバムの特徴としてはまず、
岡村靖幸自身がミックスを手掛けるようになったことだ。
DAWが一般的でなかった、90年代中頃でこの制作姿勢は珍しく
前々作『靖幸』、前作『家庭教師』の歌詞カードで
「全てのプロデュース、アレンジ、作詞、作曲、演奏は岡村靖幸による物です。」
とクレジットされていただけに、
もともと今でいう宅録志望が強かったのであったのだろう。
僕には早すぎた宅録ミュージシャンを感じる。

ミックスは岡村靖幸が主導で行ったやや試行錯誤を感じさせる曲
(1、3、7.岡村靖幸&遠山勉 9.岡村靖幸&剣持芳明)
坂元達也(2、4、5、6)、松本靖雄(8)が行った整理された曲に分かれている。
なおこのアルバム以後、
ミックスも基本的に岡村靖幸が主体として行うため
原則程度の差はあれど、
いい意味の王道のJ-popの整理が徹底されたミックスが聴けなくなる。
岡村靖幸が行う、
基本的に歌声よりビートを中心としたオケに重きを置いたミックスは
時として味を感じるけれど、
エンジニアが行うミックスが聴けなくなり寂しく感じることがあるのも正直な気持ち。

歌詞にも大きな変化が見られる。
それまで歌詞の中にストーリーがはっきりしていたけれど、
このアルバムのいくつかの曲は
イメージの断片を言葉として並べていることが目立っている。
岡村靖幸は歌詞が上手く書けなくてなって、
寡作になったという話があるけれど、
その話が説得力を持つような混乱気味の言葉が並んでいる。

シングルとして発売された曲
制作背景として難産さが目立つけれど、
アルバムの完成度としては、決して悪くなく。
アルバム全体としてのバラバラ感はない。
個人的には『家庭教師』より気に入って聴いていた。

全曲作詞・作曲・編曲 岡村靖幸

1.あばれ太鼓 ★★★
インストルメンタル。
始めに祭りの雰囲気が出て、太鼓の音が流れる。
音質からいってスタジオで太鼓を演奏したのではなく、
どこかの祭りのサンプルなのだろう。
ローファイの太鼓の音の後、
ギターのリフ中心に展開される。
ここで次の曲「青年14歳」にも
つながる低い声が聴くことが出来るのだけれど、

2.青年14歳 ★★★★★
歌詞に出てくるロス事件を思わせる。
空港のアナウンスがイントロ。
欲望の発散が分からない血気盛んな14歳が主人公。
その唄のテーマにふさわしく、サウンドは力強く熱量が多い。
今までなかった低音とドスの聴いた声が聴こえる。

3.クロロフィル・ラブ ★★★
1992年のコンサートツアー「Tour“禁じられた生きがい”」で
披露した「君のコーラ缶」という曲が元で、そこからリメイクした曲。
「君のコーラ缶」は映像も含めて
スライ&ファミリー・ストーン風の自由奔放で
ポップなファンクを狙ったのだろうと考えられる。
この曲はファンクな生演奏から
そこから80年以降の打ち込み主体のビートとなっており、
サウンドの質感、音色面がかなり変わった。
なお、「君のコーラ缶」は
7枚組のDVDボックス『20世紀と伝説と青春』(2012年12月19日)
のDisc4. 「ファンシーゲリラ VIDEO SHOP ’92」の
ボーナス映像として見ることが出来る。

歌詞がイメージの断片で、何をいいたいのか分からない。
というよりナンセンスな言葉が
並んでいるといった方が正しいと思う。

4.ターザン ボーイ ★★★★☆
1991年7月25日にシングルとして発売。

都会の生活が舞台であるけれど、
歌詞とサウンドが
メタとしてジャングルに例えて作り上げられている。
ポップスとして水準の高く、
前述のメタの作りこみが
違和感なくポップスとして昇華されていることが
この曲の凄さであり、岡村靖幸の実力の底の深さだと思う。

5.妻になってよ ★★★
この唄の歌詞で
「20代の 真ん中じゃ手軽な 恋が出来ない
妻になってよ別れて解ったんだ」とある。
前述した1992年コンサートツアー「Tour“禁じられた生きがい”」で
披露されており、当時は27歳になっており、
このアルバム発売した時点で、岡村靖幸は30歳になっていた。
文字どおり手軽な恋が出来なくなった年齢である。
もう相手は高確率で
異性と付き合うということは結婚を意識することが出来ない。
20歳前後の恋とは違う。
ただここでは残念ながらこの歌詞の主人公は
単に手軽な恋を遊ぶことが出来ないことを残念がる、むしのいい男に見えてしまう。
そのツッコミどころが人によってはまた面白いのだろう。
それとは別に歌詞の一節の
「若かろうが そうでなかろうが 人は変われない」というところが、
僕として共感できるフレーズである。
ツッコミどころのある面白い歌詞と対比になっているように
メロディーとサウンドは美しい。

6.パラシュート★ガール ★★★
1992年10月21日にシングルとして発売。
Charaがボーカルの一部で参加。
Charaは当時、性的に挑発する唄った曲が
多いシンガーソングライターであったため、
女・岡村靖幸と呼ばれていた。

「「一生、30代いらない」
コーナーに突っ込んだ
スターはまだ今実際、
まだ10代そうじゃん
ギターなんてモウレツさ」
というフレーズが
仲が良かった1992年4月に亡くなった尾崎豊のことについて
と言われることがある。
ただその後ギターは大人しい音色なのが、ギャップを感じていて、
少し違和感があったけれど、僕はこれはこれで面白いなと感じた。

今にして見れば
このアルバムに
イメージの断片だけ並べている目に余る歌詞は
この曲からすでに兆候が見られるけれど、
それでもよく読めば、歌詞のストーリーが分かるから、
歌詞としての「過渡期」を感じさせる。

7.どぉしたらいいんだろう ★★★
歌詞の内容は
ごく平凡に生活しているように見える人が唄の主人公で
しかし実際はドロップアウトしたことをして
モラルや一般常識の虚しさを感じ、
「どぉしたらいいんだろう」という葛藤するといった話。
歌詞面で
このアルバムの中で実は一番ダークな内容。
この歌詞の中の「善人なんて迷信」という一節が心を揺るがせる。

曲の途中で前作『家庭教師』に収録されていた「(E)na」
がサンプリングとして出てくる。

8.Peach X’mas ★★★☆
元々はフジテレビ「オールナイトフジ LIVE.1990」のクリスマス企画として披露された曲。
時期的には『家庭教師』とほとんど同時期にあって、
5年越しに収録された。
唄の世界観がまだバブルを感じさせる。
低く曇った声が多いこのアルバムにあって、
この曲の『家庭教師』の時期の艶のある若い声に、時間の流れを感じる。

内容はクリスマスに彼女がいない、
モテない男同士の友情話がテーマになっていて、
サビの最後の
「それでもどうしてもメリークリスマス だめだったらならばハッピークリスマス 
今夜電話してこいよ(来年の作戦考えようぜ)」
と語るように呼び掛けるフレーズが印象的で心を温めさせる。
このアルバム発売後、1995年12月23日にシングルとして発売される。

9.チャーム ポイント ★★★☆
1995年10月21日にシングルとして発売。
当時岡村靖幸が感じていた社会的な出来事の
イメージの断片のような歌詞、
聴こえずらいボーカル処理、
そして最後に「君のチャームポイントを網羅したい」
とだけがメッセージとして分かる。
歌詞だけを読んでも、
どういう内容なのかあまり分からない。
岡村靖幸を特集した『ユリイカ 2013年7月臨時増刊号 総特集=岡村靖幸 』の中に
この曲をイメージした漫画がある。
テレクラでアルバイトしている女子大生と
という話。
僕はこの漫画を読んで、そのような話でいいと思った。

当時の岡村靖幸の自信作で、
この曲が出来たからこのアルバムが
出来たとまで言っていたくらいで
サウンドの熱量からそのことが伺えてる。
聴き取りづらいボーカル処理は岡村靖幸自身が望んだものであり、
あくまで、歌ものでなくサウンドの一つして埋没させている。

サウンドの熱量は確かに、
歌詞も含めたラブソングの情熱的な想いとして溢れているという
表現として伝わることができると思う。
ただややうがった見方をすると
岡村靖幸のこの後を知っている人としては、
見方によっては
まるで空回り気味で混乱しているようなサウンドにも聴こえ、
この後の岡村靖幸の長い迷走・混乱の始まりを
予感しているようにも思えてしまう。

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