1990年11月16日発売。
岡村靖幸の最高傑作と多くの人に評されるアルバムである。
勢いとポップスさが全面に感じられ、
後の岡村靖幸のキャリアを知っている人にとって、
まるで未来のことは置いといて、突っ走っているようにも見える。
そしてアルバムに対する作りこみが凄いレベルに達して、
ひとつの到達点にさえ感じられる。
レコ―ディングの場所はソニーのスタジオなのだけど、
まるで、宅録のような音の切り貼りが感じられるところが、
当時ではとても珍しい。
海外だとこの現在でいうと宅録のよう質感をもった音楽というと
プリンスが代表的なミュージシャンなのだけれど、
音楽的なスタイル・類似性をひとつひとつ比べることは置いといて
そのような音楽が
日本で体現できていること、日本にそのような人が生まれたことは
当時、衝撃だったと思われる。
もちろん、宅録ではこの音を再現はしきれない。
ソニーの贅沢なスタジオでだからこそ作れる音がある。
これはまだレコ―ディングに
お金の掛けられる90年代当時のレコ―ディング環境と
岡村靖幸、いやミュージシャンの狂気的なモチベーションが
幸福的に一致した代表的なアルバムのひとつなのだと思う。
アレンジも凄いのだが、
このひとつひとつの音を上手く整理した
ミックスエンジニア坂本達也の腕も冴えていると思う。
歌詞は軽薄さが最大限上手くいっている。
この軽薄さがサウンドの退廃的な喧騒感と華やかさと相まって
リリース時の1990年バブル絶頂の空気感を切り取っている。
1.どぉなっちゃってんだよ
★★★★★
このアルバムの象徴的な曲。
間合いの声が重要
フレーズフレーズの声のニュアンスが絶妙で、
これしかないレベルで歌っている。
このニュアンスの付け方が勢いと乗りに乗っていたことを感じさせる。
2.カルアミルク
★★★★☆
「ファミコンやって ディスコにいって 知らない女の子とレンタルのビデオ見て遊んでいる」主人公が
かつての恋人とやり直そうとストレートに「会おうよ」と求愛する
等身大でストレートな求愛でファンの間に人気があるという意味で
『DATE』に収録されている「イケナイコトカイ」と共通しているかもしれない。
ただ、
軽薄さを感じさせる主人公の設定とメッセージそのものが「会おうよ」になっていることが
いい意味で「イケナイコトカイ」と違い、重さを感じさせなくしていると僕は思う。
二つの曲を比べるとリリースの時系列関係もあって
まるで「カルアミルク」は「イケナイコトカイ」
の後日談みたいになっているように僕は感じることがある。
「僕ら」は少し大人になったのだろうか。
3.(E)na
★★★★☆
「カッコイイナ」と読むダンスナンバー。
最後の「本当に大事なキスなら僕しか販売していない」というフレーズ、
それに続く声が唯一無二を感じさせる。
アウトロのチャイムが家庭教師が来たことを思わせる。
4.家庭教師
★★★★
「(E)na」のアウトロに引き続いて始まるアルバムの中で最もダークなナンバー。
しかし、それでも『DATE』のような闇の暗さをそれほど感じないところがこのアルバムの特徴でもある。
余談だけれども、
僕は昔(2012年ごろ?)、
誰かのブログで
「岡村靖幸の商品の広告は内容的に規制に引っかかって載せられない」
との旨のことを書かれているのを見て、
いやいやいや、ソニーのCDでそんなものないからと突っ込み気味に思ったことがあった。
実際、(少なくても現在)そんな商品はないのだが、この曲の後半部分を聴くと少し説得力はある。
それにしても後半の岡村靖幸が家庭教師に扮した部分をスタッフはどのように受け入れたのだろう。
5.あの娘ぼくがロングシュートを決めたらどんな顔するだろう
★★★★☆
前曲がダークネスだったのに対し、こちらは光になっている。
アルバムの構成でコントラストとして考えたのかもしれない。
癖の多い岡村靖幸の曲で珍しく万人に受け入れやすい曲になっている。
6.祈りの季節
★★★☆
今まさにタイムリーでこれからも重大な社会問題となっている
少子高齢化について歌っている。
少子高齢化は70年代後半から言われ続けて、
政府や社会が特に対策をとらなかった為、今とても深刻化しているのだけれど、
ここではその少子高齢化の大きな一因の一つとなっている
「恋愛の美化」「自己愛」を主人公自身が囚われていると歌詞の中で匂わすことで、
ここにしかない面白い表現とテーマの重さを軽減することに成功している。
「老人ばっかじゃBaby、バスケットもロックも選手がいなくなって」というフレーズは
軽薄な言い回しだけれど、その通りだと思う。
7.ビスケット Love
★★★★
とても性的なことを歌いながら、
サンプリングの無邪気な子供の声が絡むことにより、生々しさとダークさを引き立たせている。
下手をしたら
可愛らしい無邪気そうなタイトルと歌の内容にギャップが生まれ違和感が出ていたはずである。
しかし「等身大」に歌い、また岡村靖幸のキャラクターによって
ギャップそのものを埋めるという他の人ではなかなかできない表現をしている。
サビのわざとがなりたてる声はここでしか聴けないと思う。
8.ステップ UP↑
★★★★☆
オリジナル盤で
「全てのプロデュース、アレンジ、作詞、作曲、演奏は岡村靖幸による物です。」
とクレジットするこのアルバムの中で、
本作唯一生ドラムが登場する。
しかも自身もドラムを叩けるらしいが自分で叩かず、
スタジオミュージシャンに任せたところが
アルバムのクオリティーを最大限まで高めようとする
岡村靖幸の完璧主義を伺える。
9.ペンション
★★★★★
名盤とされるアルバムのラストを飾る名曲。
学校ではあまり話さない幼馴染が
「このペンションの食事に連れてって」と誘う。
日帰りいや、泊まったのかもしれない、
その帰りの最終バスに乗りそこなった歌の主人公は
「平凡な自分がとても悲しい」と嘆く
おそらく歌詞の内容はこうだと思うが、分かりにくい。
しかし分かりにくい歌詞も
美しいメロディーとサウンドでそのことも忘れてしまう。
なぜかライブで歌われた形跡がない。ライブ音源を聴きたいと思ってしまう。
アルバム全体としていい意味で箱庭的な世界が心地よい。
岡村靖幸のオリジナルアルバムのマスターは
CDリリース時に発売されたものと
2011年リマスターされたものがあり
ハイレゾとしてMoraで発売されているものがある。
個人的には基本的にこのアルバムに限って、
砂原良徳によってリマスターされたものよりも
CDリリース時にが田中三一が
マスタリングして発売されたものを聴いている。
そちらの方がトータルとして
『家庭教師』の世界を上手く表現されていると
僕は思うからである。
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